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01
2008

わたしも『おくりびと』に

映画『おくりびと』はわたしの地元でも撮影されたものです。
ぜひご覧になってみてください。

先月28日に祖母を亡くしたわたし、昨日葬儀が終わった。
あまりにも突然の訃報、亡くなった祖母の顔を見ても信じられない思いでいっぱい。
うちの父は次男なので分家、一緒に住んではいない。
元気でいるものと思っていた。
その日は特老のデイサービスの日で、朝元気に迎えにきたバスに乗っていった。
一日その施設に滞在し、お風呂にも入って元気に帰りのバスにも乗った。
そのバスの中で急に体調が悪くなり、意識不明。
途中救急車に乗り、病院へ向かった。
母の友人の家の近くで救急車へ運ばれたらしく、友人の連絡で祖母が病院へ向かったことを知る。
父の実家へ連絡すると祖母のひ孫のお嫁さんしかいなく、家族へ連絡を取っているところで誰も病院へ入っていなかった。
慌てて、両親が行こうとする。
「わたしは?」「じゃ、一緒に行くか」
その日は夕方からすごい雨。
病院に着くがまだ実家の家族は到着していなかった。
特老の職員がまず会ってちょっとだけ会話、その後救急隊員が「もう少々お待ちください」と話した。そして医師が来て両親に説明。
わたしは少し離れて廊下で待っていたが、説明を聞いていた母が「えっ、ダメ?」と言ったので昏睡状態なのかと思っていたら説明を聞いていた母が私に近づいて「ばあちゃん、もう終わったって、今会うからこっちに」「えっ!」生きている祖母に会えるものと思っていたのに...。
その部屋に入ってみると蘇生にあたった看護士がずらりと並び、祖母を運んだ救急隊員の方も並び、酸素を送っていたであろう管が口にまだ挿入されたままの祖母がストレッチャーに横たわっていた。
家族がいる前で確認しなきゃいけないんだろう医師が瞳孔の確認と心音を確認して「瞳孔の光への反応もなく、心音も確認されません。5時17分、死亡を確認しました。」
急な心筋梗塞だったのだろうと話を聞いたが祖母の顔は苦しんだ様子はうかがえず、とても穏やかな顔つきだった。それだけは少し安心した。
祖母との対面を済ませ部屋から出ると実家の父の兄が駆けつけたところだった。
しばらくすると父の兄の息子夫婦も駆けつけてきた。

母とわたしは祖母の部屋を片づける為に早々に帰ってきた。
実のところ父の実家とは数年前まであまり行き来していない。
だからわたしも祖母の顔を見るのはものすごく久しぶりだった。
わたしが小さな頃、両親は共働きでわたしが父の実家に預けられたり、弟が2階から落ちて頭に大けがをおい数日父の実家に預けられたことなどあったが、その度に兄嫁に嫌みを言われたりして仲違いしていた。
そんなわたしも弟の入院で父の実家に預けられると聞き「イヤだ、自分一人で家にいる!」と言った覚えもある。
保育園や幼稚園の遠足や行事でも両親は仕事で行けず、祖母が何度も来てくれた。
わたしはその頃、他の友達はみな親が来ているのに自分だけ祖母だというのが受け入れられなくてすごく嫌だった。写真を見れば笑顔でいたが...。
気の強い祖母は、兄嫁とも上手くいかずずいぶんひどい扱いをされてきた。
わたしが中学の頃に人権擁護の作文を書く時にそんな扱いをされている祖母への思いを書いたところ、賞をもらってしまった。
文才のないわたしが唯一もらった賞だった。
年金が降りる通帳も兄嫁に握られすっからかんにされた。
祖母がベッドから降りる際に誤って転倒した時に腕を痛めたらしいことを聞いた父が祖母を見に行ったところ単なる打ち身ではないようなので医者に連れていったら、骨折していたことがあった。
うちでもう一人の祖母、母の母親の面倒を見ていたが亡くなってしばらくしたら父の母親もうちにやると言い出してきた。
「うちは『姥捨て山』じゃないっ!」
母の実家は母の兄だけ、面倒を見てくれる女の人がいない。
近くにいる女の兄妹で一番近いのが母だった。
父の実家には兄嫁、息子の嫁、孫の嫁3人も女の人がいる。面倒を見る人はいっぱいいるのだ。
ご飯だって、満足に与えていただろうか?
9月のある日、仕事帰りに両親が祖母の顔を見ようと父の実家に立ち寄って祖母の部屋を開けたらものすごい異臭に襲われた。
部屋の中に置いてあるポータブルトイレが満杯になって溢れて畳の一部が腐れかかっていたそうだ。
それを見た母が家にいた息子の嫁に話をしたら「丁度よかった来てくれて」と言われ、片づけようともしないその嫁の代わりに母が処理する羽目に。
「連れていけるんならばあさんを連れていってくれ」とも言われたとか。
その日母はまだ異臭が鼻から抜けないと夕飯を食べることができなかった。

そんなことがあって、亡くなったその日家に帰ってきてから母は「こんなことになるなら、連れていってくれって言われた時にばあさんを連れてくるんだった」と大泣き。
大事な探し物をしていて、その日持っていた祖母のバッグの中に財布が入っているだろうからその財布にもしかしたらその大事な探し物が入っているかも知れないと見てみるとバッグの中には財布が入っていなかった。
「財布も持たされずに施設に行ったばあさんはどんなに心細かったことか...。」と母はまた泣いた。

数々の不快な思いを知っているわたしは、どんなにムカつく父でも両親には亡くなる前までは祖母のような心細い寂しい思いを絶対にさせはしないと心に誓った。
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Tag:おくりびと葬儀

2 Comments

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2008/11/02 (Sun) 15:01 | EDIT | REPLY |   

ハロ  

*コメントをいただいた方へ

返事が送れて申し訳ありません。
わざわざコメントを残していただきましてありがとうございます。
似たような境遇の方も多くいらっしゃるのですね。
あなたの言葉に元気づけられました。
流れる時間とともに、イヤな思い出よりもよかった思い出もふっと思い出したり...。
誰にでも時間は必要なんですね。

2008/12/02 (Tue) 20:57 | EDIT | REPLY |   

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